よつば暮らしデザイン室

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Category Archives: 日々のこと

こだわる人とこだわらない人、性格の違いは?

今日は美容院に行ったのですけど、そこの美容院は美容師さんのご自宅兼美容院でお店という感じではなくおしゃれな住宅?なんだろここは?って感じなんですね。美容院の看板があるからわかるっていう程度で。

その一見なんだろここは、っていい雰囲気の建物に魅かれてやってくるお客さんもいるそうです。そしてそれは男性が多いそうです。

たしかに、女性より男性が好きそうな感じではあります。

で、そういう男性のお客様はいろいろと細かく神経質そう、だそうです。

なんかわかる気がするーーーーーー!

家づくりで建物にこだわるご主人、、、、細かいです。神経質とは違う気がするけど。細かいところまで気にする、知ろうとする、自分で考えて決めようとする。

で、そういうご主人の奥さんというのは「ふーん、あーそう」っていうほわんとした人が多い。ご主人があれこれ考えている横で「いいんじゃない、それで」って感じ。

両方とも細かい、ってことは少ないですね。

女性がこだわるのと、男性のこだわるのと、質が違う気がする。

女性は「自分の気分」があくまでも主体。男性は自分がどうかというよりその物の質とか理屈とか根拠とか。

男だから女だから、っていう議論は私は好きではないけれど、今まで携わった人たちから受ける傾向としてはこんな感じ。

男性で物やデザインにこだわるっていうのは、細かい人、なんですかね。

 

暮らし方を変えるかたづけ講座

10月4日 水曜 13:30~15:30

参加費3000円

◎今年中にかたづける行動計画作成します

◎実行できるよう個別指導します

◎年末までのメール指導つき

お申込みは右上の「お問合せ」またはFacebookメッセージにて承ります。

 

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その発信がお客様に届かない理由

「地域材活用セミナー」というものに行ってきました。

家を建てる時の柱や梁という「木」がどこの山から来てどうやって柱として家づくりの現場にくるかって考えたことありますか?

川上から川下へ。

っていう言い方を講演ではされてました。実際、昔は山にある川の上流から流して川下の街に送っていたのです。

川上が木を育てて供給元となる山元としたら、私がしている設計という仕事は決定権を持つお客様と直接対面する一番川下にいることになります。

川下の人は川上でがどこで何がどうなっているのか知らない、川上の人は川下の人が何を考えてどう選択しているのか知らない。

「ブラックボックス」なんだそうです、製材の流通は。山元での原木の価格は実際製材として取引される価格の数%だそうです。手をかけて育てられた枝打ち材が末端の市場では評価されていない、

要するに、供給している側にとっての「価値あるもの」と、消費者の思う「価値あるもの」が合っていない、ということです。

そのブラックボックスを変えようとという林業の新たな仕組みを始める、という趣旨の講演でした。

その趣旨と問題点と苦労している様はわかったのですが。

話しの中に消費者のことが一切でてこない。

最終的に建物をたてるオーナーとなる人が決定権をもっていてその人たちが地域材を使うという選択をしない限り、どんなに山元の人たちががんばって山を育てて製材所が問屋に地域材を積極的に売ろうとしたところで、建築現場で使われることはありません。

なのになのになのに、一般人の意識調査だとか、なぜ地域材が選択されていないのかだとか、そもそも一般の人が材木を選択するということがあるのかとか、そこをどうしたら変えられるのかとか、どう訴えていこうだとか、そういうことが一切でてこなかった。

自分たちの取り組みのことばかりで。今回はそういう趣旨に講演なのかもしれないけど。

川上と川下のあいだに大きな隔たりがある、全然川下から見えない、っていうことをとても感じたのです。

供給する元にいる人たちの発信が、最終的に使うエンドユーザーに届かなければ、市場なんて変わるわけないのに。

エンドユーザーが「欲しい」と思っている顕在化されてるニーズだけに応えるような情報提供だけじゃ新たなニーズの掘り起しなんてできるわけないのに。

供給する側が「これいいよ!」「これ大事だよ!」っていくら叫んだところで、末端のユーザーの「こういうの欲しい」に合わなければ、その発信はされてないのも同じこと。

そもそも、その発信はエンドユーザーが選択する場に届いていないんじゃないの?

供給する側は自分たちのものを「これはいい!多くの人に届けたい!」っておもってその事業を営んでいるはずだけど、それはほぼ一方的な想いに終わっていてユーザーに届いていないことが多い。だから苦労してるんだけどね、私もだけど。

供給する側の価値を活かしたままユーザーの隠れたニーズをビビッと刺激するような商品やコンテンツつくり&発信っていうのができると、川上から川下すべてがうまくいくのでしょうね。

これをうまくまわせるプロデューサーっていう人材が不足してるんだろうけど。

暮らし方を変えるかたづけ講座

10月4日 水曜 13:30~15:30

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親戚付き合いが薄い人から見た親戚付き合いの良さ

30代40代シングルにあるあるだと思うのですが、

盆と正月は暇になる。

なぜかというと、同年代の友人知人たちが家族親戚が優先されてお出掛けするから。

こういうとき、人とのつながりについて考えてしまう。

いろんなことで人と繋がるけど、繋がることより、その縁を続けていくほうがずーーーーっと大変なのだと思う。

この時期増える、世のお嫁さんといわれる立場の人の「夫の実家の親戚付き合いが苦痛」ってやつ。

そもそも、夫の実家の親戚付き合いが楽しい、なんてことほぼ無いと思うのですが。完全アウェイな世界にひとり放り出されるわけですから。

でもね、そういうメンドクサイことをメンドクサイで終わらせたら人の縁なんてあっというまに終わってしまうのですよ。とくに、身内といわれる血縁なんてつくろうと思ってつくれるものじゃないから。それがたくさん繋がってるとしたら、それはそれは尊いものだと思うのです。

そういう縁が薄い者から見ると。

私は、縁って網目のようなものだと思っていて。

自分が「好き」で繋げる友人の縁は広がりやすいけど偏りがあって一部にしか広がっていかない。「好き」だけではない価値観で広がった目もあるからこそ私の網目は範囲も広くなるし複雑な網目となって強固になる。それが私の人生の安心感になる。

今の時代は「生きる=命を維持する」ことにそれほど困難はないけれど、ほんの数十年前まで「生きる」こと自体に必死にならなければ維持できなかったからそのために血縁を重要視することは必要なものだった。

震災や災害があると「絆」とか叫ばれるけど、それは一朝一夕にできるものではないし好き嫌いだけでできるものでもない。メンドクサイで終わらせることは簡単だけど。

なんだかんだ言って親戚とか身内ってものは優先されるのよ、一大事には。無いよりあったほうが心強く生きられると思うのです。

縁の薄い者から見た「隣の芝生が青く見える」ってやつかもしれないけど。

 

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