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Monthly Archives: 6月 2017

好きなことだけじゃ仕事にならない理由

好きなことを仕事にしたい、という人が多いようですね。

起業塾とかセミナーとかコンサルとか、ブームか!?って思うほど目にしますが、実際好きなことで起業して思うような利益を出してる人って何割くらいいるんだろ。

趣味や習い事の延長で資格とって仕事にしようっていう人もいるようだけど、趣味や習い事の延長じゃないと思うんだよね、仕事は。

当たり前だが、対象がまるでちがう。

趣味で満足するのは自分だけど、仕事で満足するのは自分じゃなくてお客様です。

「好きなことだけやってれば上手くいく!」っていうようなことを言う人もいるけれど、それを真に受けてそれしかやらないで仕事として成り立つわけないんです。

好きなことを仕事としてまわしていくためのあれやこれやも当然やるんですよ。でも、好きなことを目的や軸にすえていたらそういうあれやこれやも好きなことに含まれていく、っていうのは「好きなことを仕事にするメリット」だと思うんです。

好きなことを仕事にしたいなら、「仕事をする」ってことが好きじゃないと多分厳しいです。

「仕事をする」=人を喜ばせる、社会の役に立つ、そのための創意工夫にエネルギーをそそぐこと。

それが好きじゃない人は好きなことは単純に自分が楽しんでいればいいんじゃないでしょうか。

お金のため、っていうなら普通に就職したほうがいいですよ。

 

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欲しいものを邪魔していたのはこれだった

最近Facebookのタイムラインの表示を整理しました。

私の意見とは合わない投稿をする人をブロックしたり、その人のことは嫌いではないけど投稿のやりかたがちょっと邪魔だなって人のフォローを外したり。

今までは、見なきゃいい、と思って放置してたのです。ちょっと好きじゃない、って思っても。

色付きでデカデカと表示されるアレが嫌なんです。特に、内容も無いツイッターみたいなつぶやき系のやつが。それわざわざ激しく主張することか?ってやつが。

そういう投稿を非表示にしたり、フォローはずしたりしたんです。

そしたら。

変わったんです、タイムラインが。私好みの投稿が増えてきた。

私は人の考えや意志を読むのが好きです。そして考えをやりとりすることも。

この1年あまりで友達がかなり増えたのですが、投稿数の多いつぶやき系の方の投稿が私のタイムラインを占拠してて、それまでのお友達の投稿をここしばらく目にしてなかったのです。

それが再浮上。あれ、あの人こんなに投稿してるじゃん、やっぱり好きだなこの人の文章。

邪魔じゃないからって放置してると、欲しい物が手に入りにくくなるんですね。

これって、物との付き合いも一緒です。

押入れの中って余裕があるからってとりあえず入れとこ、ってなりませんか?

使うかわからないけど置いてあっても「邪魔にはならない」から、まぁとっておくか、て物があちこちにありませんか?

「邪魔にならない」いやいや、邪魔してますよ、あなたが見たいものを見えなくしてる。

私はかたづけ講座で「とっておく物と処分するものの線引きをどこでするか」って話をしますが、どっちつかずのあいまいな物は確実に処分の対象です。そこを手放さないと手に入れたい世界は叶わない。

要らないものを持たない生き方、ではなく、欲しいものを確実に手に入れる生き方をしたいですね。

そのためには、自分が望む世界を意識して自分で選ぶ、という日頃の暮らし方が大事だと思うのです。

 

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命の選択に口を出す気色悪い人とは関わりません

今日、立て続けに衝動的にFBでの友達をブロックした。そんなことしたのはじめて。

どうにもハラワタにえくりかえるような投稿だったから。

がんで亡くなった人に対しての

「抗がん剤で亡くなった」

「○○を知っていれば今頃元気に」

「立場的にイヤといえなかったのでは」

はぁぁぁぁ~~~???

何も考えずにその治療を選択したとでも思ってんの?あんたのその言葉にどれだけの人が傷つくと思ってんの?

悩んで苦しんで考えて、自分の命の行く末を委ねる先を決めたのだろうって思わないのか?

どんな方法を選択しようが、本人が決めた道を信じて前向きに進むことが最善だと思わないのか?

離れた人間にできることはその選択を心から応援すること。

それを、まったくの外野が無責任極まりない自分勝手な思い込みをさも正しいかのように投げつけて。

人の気持ちを欠片も察することができない輩ってのがほんとに腹立たしい。

悲しみの渕にいる家族にどやどやと押し寄せるマスコミや、無責任極まりない言葉をなげる人たち。

群がる魑魅魍魎ってこんなにもいるもんなのね。

それに対して、

自分の責務をただただ全うしようと人前に立つ人。

同じ人間というカタチでありながらこうも人としての器は違うのだなと感じた1日だった。