ブログ

Category Archives: 日々のこと

命の選択に口を出す気色悪い人とは関わりません

今日、立て続けに衝動的にFBでの友達をブロックした。そんなことしたのはじめて。

どうにもハラワタにえくりかえるような投稿だったから。

がんで亡くなった人に対しての

「抗がん剤で亡くなった」

「○○を知っていれば今頃元気に」

「立場的にイヤといえなかったのでは」

はぁぁぁぁ~~~???

何も考えずにその治療を選択したとでも思ってんの?あんたのその言葉にどれだけの人が傷つくと思ってんの?

悩んで苦しんで考えて、自分の命の行く末を委ねる先を決めたのだろうって思わないのか?

どんな方法を選択しようが、本人が決めた道を信じて前向きに進むことが最善だと思わないのか?

離れた人間にできることはその選択を心から応援すること。

それを、まったくの外野が無責任極まりない自分勝手な思い込みをさも正しいかのように投げつけて。

人の気持ちを欠片も察することができない輩ってのがほんとに腹立たしい。

悲しみの渕にいる家族にどやどやと押し寄せるマスコミや、無責任極まりない言葉をなげる人たち。

群がる魑魅魍魎ってこんなにもいるもんなのね。

それに対して、

自分の責務をただただ全うしようと人前に立つ人。

同じ人間というカタチでありながらこうも人としての器は違うのだなと感じた1日だった。

 

デザインのかっこよさとわかりやすさはどっちが優先か

今日行ったカフェでこんなことがありました。

トイレにいったら私が出ようとしたとき扉の外でおばあさんがウロウロしてて。

そこのトイレは男用女用のドアが並んでてそのドアの中にさらに個室が2ブースあります。その、男用女用の2つのドアのどちらに入ったらいいか迷っていたようなんです。

どういうこと?って思うかもしれませんが、男用女用の区別が「マーク」だけだったんですね。

こんな感じの。

色もどちらも同じ白色で、扉の色は木目が強くて白っぽくて、このマークが目立たない。

迷うのも無理はない、て思いました。

せめて色をはっきりさせるとか、「男」「女」の文字も入れるとか、わかりやすくすることはできるはず。

シンプルにすることでカッコよくオシャレにしたかったんでしょうか。

でも、わかりにくくしてまでカッコよさって必要でしょうか。

デザインで、わかりやすさとかっこよさ、どちらを優先すべきかって、わかりやすさでしょ。

アートだったらわかりにくかろうがなんだろうがいいですよ、創り手の自己表現だから。

デザインって、わかりやすくてナンボ、売れてナンボ、の世界だと思うのですよ。

時々、わかりやすくするために手書きのPOPが付け加えられたりしてますよね。そんなふうにされちゃったら、それってカッコよいどころじゃないですよね。

他者目線。心配り。

それとかっこよさを両立させてこそ、デザインですよねー。

↓↓↓ みなさまの応援クリックが励みです!!!wink

にほんブログ村 住まいブログ 女性建築士へ

 

 

素敵な建物でまったりした時間

GWは近場でまったりがいいなぁ、という愛知県民のみなさま。

知多半島の半田あたりはいかがでしょうか。

半田と言えば、お酢でおなじみのミツカン。ミツカンミュージアム「ミム」

も、いいのですが、ここの道を挟んだ反対側にこんなところもあります。

「中埜半六邸」

中埜というからにはミツカンの中埜?

ミツカンの中埜は中埜又左衛門家、こちらは中埜半六家、どちらも分家だそうで中埜本家は別にあるそうです。すごいですねー、中埜家。

半六邸はこんな感じの古い建物。

  

  

茶屋があってお茶しながらまったりできます。おとうふ工房いしかわのレストランもありますよ。

数寄屋風の瀟洒なつくりです。当時の職人さんの繊細なセンスの良さがわかります。

ところが、これがきれいにこの状態でここまできたわけではないそうです。

↑これは半田市のホームページ。「半六庭園」となっています。

この半六庭園のなかにある建物が半六邸でサロンや茶屋があります。

↑こちらは建物を管理運営するNPO法人半六プロジェクト

敷地の庭園と中にある建物と、管理母体が違うんですねー。これにはここまでに至る苦労が現れてます。

半六邸は人が住んでいない期間を経て半田市に管理が移ったわけですが、半田市は赤れんが倉庫の整備で「古い建物をきれいにして維持するのはとてもお金がかかる」ということを体験して、この半六邸にそこまでできないということで取り壊しを決定したそうです。それを止めようと当時からここを使ったイベントなどを開催していた有志がNPOをつくって半六邸の復活に尽力したそうです。

ってサクッと書きましたが、相当すったもんだしたようです。

古い建物を残して維持する。

こうやって出来上がって観光地として認識されればそこそこ人が来て維持できるのかもしれません。

でも、古い建物をのこして維持することの価値、を感じなければそもそも整備することへお金をかけるということもできません。これを残すことに何の意味があるの?っていう人もいるでしょうね。それが公共施設となれば税金がかかるわけで、ここに税金かけるなら教育とか福祉にもっとかけてよ、って言う人もいるでしょう。

古い建物を残して維持することにどんな意義があるんでしょうね。

年月を経た古い建物だからいいわけではなくて、長い年月を経ても美しいと感じさせるものづくり、そこに意義があるんじゃないかと私は思います。

「美しさ」って古いとか汚れてるってことを超えた存在だと思うのです。そういうものに触れることで自分のなかの美意識が刺激されます。

そんな時間を過ごすことが私は好きです。

 

 

◆そろそろ家づくり、という方。計画中だけどなかなか進まない方へ

夫婦の意見を合わせる第一歩「ハウジングコーチワークショップ」

 

 

↓↓↓ みなさまの応援クリックが励みです!!!wink

にほんブログ村 住まいブログ 女性建築士へ