よつば暮らしデザイン室

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光浦靖子さんと同じく49歳の私が思うこと

光浦靖子さんのエッセイが話題になってますね。

『49歳になりまして』

わたくし、同い年です。同じく独身です。

”私は独身です。旦那も、子供も、彼氏もいません。わかりやすく私を必要としてくれる人が側にいません。年齢に比例して増えてゆく休み、そりゃ不安になりますよ。長い夜、思っちゃいますよ。「私は誰にも必要とされていない」と。”

”自分に満足するもしないも、他人からの評価でしか決められない。このままいくと、私はいつか、壊れるな。どうにかしなきゃ。”

”自由奔放に生きるなんて私から最も遠いことです。もうすぐ50歳、もう考え方を変えられるほど柔軟じゃない。だったら、ひん曲がったなりにナチュラルに生きてみよう。”

とてもとても、他人事とは思えず読みました。

手を抜いてきたわけじゃない。やりたいことをやり自由にいきてるんだぜって顔して、自分で自分の道をつくってきた気になって、それなりに生きてきたけど。

でも本当は、心の奥そこに自分の中で置き去りにしてきた何かがある、そして足の裏についた米粒のようにそれを感じてきた。

このままでも生きていけないわけじゃない。嫌いなことをやってるわけでもない。

くすぶっている何かは、「どうせ私には無縁」「どうせ私には才能がない」って最初から避けてきたこと。横目でチラチラみながら。

小さな挫折の積み重ねでずーっと避けてきたこと。

他のことでそこそこうまくやったって、本丸攻めなきゃいつまでたってくすぶりは消えないんだよね。

どうせ人生なんて自己満足の世界。私のくすぶってる何かがさらに失敗しようが成功しようが他人には全く関係ないこと。

自分の心の思うままに。貪欲にやればいいのだ。

人生も折り返しを過ぎて、私も置いてきたあれこれを回収しよ。

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